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静岡地方裁判所 昭和49年(行ウ)7号 判決 1975年10月28日

原告 小幡萬夫

被告 浜松税務署長

代理人 岩渕正紀 杉山昇 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  請求の原因のうち、原告が商品取引所において商品仲買人(商品取引員)を通じ、上場商品である生糸を主に、毛糸、綿糸および乾繭の先物取引をしていたこと、昭和四一年分および昭和四二年分の商品先物取引による利益が相当多額にのぼつたがこれにつき確定申告をしなかつたこと、その他配当所得および雑所得が多少あつたが、これについても確定申告をしなかつたこと、昭和四四年九月被告署員の調査を受けるに至り、同年一二月三日被告に対し、昭和四一年分所得を、営業所得九、〇〇〇、〇〇〇円、雑所得四〇〇、〇〇八円、合計九、四〇〇、〇〇八円と、昭和四二年分所得を、営業所得一四、三三三、三三三円、雑所得四五〇、〇〇〇円、合計一四、七八三、三三三円とする各期限後申告をしたこと、右各所得に対する所得税、無申告加算税および延滞税を昭和四四年一二月一三日から昭和四五年一月二二日までの間に納付したこと、昭和四五年一月二〇日名古屋国税局の査察を受けるに至り、同年六月二二日被告に対し、昭和四一年分所得を営業所得二七、一六一、五八〇円、配当所得九九、四〇〇円、雑所得四二、五〇〇円、合計二七、三〇三、四八〇円と、昭和四二年分所得を、営業所得四三、五二二、二四〇円、配当所得三四八、五七〇円、雑所得一八二、一〇三円、合計四四、〇五二、九一三円とする各修正申告をしたこと、右各所得に対する所得税および延滞税を昭和四五年六月二二日から同月二六日までの間に納付したこと、被告が原告に対し、昭和四五年七月二一日付をもつて、請求の趣旨1の(一)ないし(四)記載の各重加算税賦課決定を通知したこと、右各決定の理由が、原告の右各申告にかかる営業所得の金額に仮装隠ぺいの事実がある、というにあること、原告が右各重加算税賦課決定に対しそのような行政不服申立手続をとつたが、いずれも棄却されたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、右各重加算税賦課決定の違法原因として、原告の本件各係争年分の商品先物取引による利益(清算差益)が法にいう事業所得に該当せず、原告には右各重加算税の計算の基礎となるべき所得税の納付義務がなかつた旨強く主張するので、以下この点につき判断する。

1  商品先物取引による清算差益は、法一条所定の「課税所得」に該当するか。

法は、課税対象たる「所得」の定義を下していないので「所得」の意義は専ら法の他の規定およびその他の法令の解釈からこれを確定するほかはない。

ところで、法は、その七条において、非永住者以外の居住者に対し、「すべての所得」について所得税を課する、と定めるとともに、この「所得」の発生原因やその種類によつて担税力に相違のあることに着目して、その二三条ないし三五条において、「所得」をその発生原因から考察して、利子所得・配当所得・不動産所得・事業所得・給与所得・退職所得・山林所得・譲渡所得・一時所得・雑所得の一〇種類に区分したうえ、これらを課税対象たる「各種所得」(法二条二一号)としてその金額の計算方法について規定している。

他方、法は、その九条ないし一一条において、担税力の薄弱性、徴収技術上の困難、公益上ないし政策上の理由等から多項目にわたり非課税所得を列挙しており、そのほか租税特別措置法その他の法令においても、特定の利子や給付金などを非課税所得とする規定が設けられている。

右の規定形式および所得課税の目的からすると、法は、「所得」を「一定期間における各人の勤労や資産等より生ずる継続的な収入からこれを得るに必要な経費を控除した残額」というような所得源泉を限定した意味に用いているのではなく、広く資産の譲渡により実現された経済的利益賞金や競輪競馬等の投票券の払戻し金等の一時的・偶発的な経済的利益、その他いやしくも各人に帰属した経済的利益をすべて包含する意味に用いており、しかも法およびその他の法令において多種の非課税所得が挙示されているところからして、結局、法は、各人に発生帰属した経済的利益のすべてを「所得」として把握し、法およびその他の法令において明らかに非課税とする趣旨の規定がない限り、その発生原因または法律関係のいかんを問わず、すべてこれを「課税所得」としているものと解すべきである。

ところで、一般顧客による商品先物取引は、いわゆる実物取引ではなく、これによつて生じた清算差益金が多分に僥倖的な利得の性質を有することは否定できないけれどもそれが当該顧客に発生帰属した経済的利益であることには相違なく、しかも法およびその他の法令において明らかにこれを非課税とする趣旨の規定は設けられていないのであるから、右清算差益金が法にいう「課税所得」に該当することは明らかである。

この点につき原告は、商品先物取引による清算差益は、この取引を続けてゆく以上、いずれは損となつて出てゆく性質のものであるから、実質的にみて個人に帰属した利益とはいえないものであり、いわば仮受金的なものであつて一暦年を課税単位期間とする法にいう「所得」の概念にはなじまないものである旨主張し、<証拠略>にも「委託者の投機取引は、一時は成功しても、結局は失敗に帰するものである」との記載があるけれども、商品先物取引による清算差益がこの取引を続けてゆく以上いずれは損となつて出てゆく性質のものであるとの議論は、時々刻々この取引に参加しあるいはこれから離脱してゆく全顧客について長期にわたり統計的・大量的に観察した結果得た、全顧客の間においては決済差額金が不的中者から的中者に支払われるのみであり、しかもこれから委託手数料等が差引かれるため、全顧客の総支出は常に総収入を上回ることになる、という知見を、個々の顧客の個性、とくに商品先物取引におけるその実力や経験を無視して、一律に個々の顧客に当てはめた議論であつて、その立論自体に無理があるのみならず、相当長期にわたる観察をした場合においても、顧客によつては、その得た清算益金の合計がその受けた損失額の合計を上回ることがあることは、原告主張にかかる原告自身の過去二〇年以上にわたる損益の実績からみても明らかであるから、その結論においても妥当でない。また、商品先物取引によつて一旦清算益金を得た顧客が再びこれを商品先物取引の資金に投入し、右取引を継続してゆく傾向が強いことは否定できないけれども、すべての顧客がその得た清算益金の全部または一部を再び商品先物取引の資金に投入するとは限らず、またもとよりそうすべき法的義務を負つているわけでもないのであるから商品先物取引による清算益金を仮受金的なものとみることはできない。そして、このような清算差益を一暦年ごとに区分して課税所得として捕捉することにも何ら不合理な点はない。

2  原告の商品先物取引による清算差益は、法二七条一項所定の「事業所得」に該当するか。

法二七条一項によれば、「事業所得」とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得をいう、とされており、これを承けた令六三条は、その一号ないし一一号において、林業、建築業、金融業、不動産業、運輸通信業等多数の事業を掲げ、その一二号において、「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」を掲げている。

ところで、この「対価を得て継続的に行なう事業」とは、社会通念に照らし、事業と認められるものすなわち個人の危険と計算において独立的に継続して営まれる仕事のうち、法の所得課税の目的から、対価を得ることすなわち営利性・有償性のあるすべてのものをいい、特に事業場を設置したり、人的・物的要素が結合した経済的組織によるものであることを必要としない、と解するのが相当である。

そして、一般顧客の差金決済による利益を目的とする商品先物取引が右の「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かは、当該取引の回数・数量・金額・過去の実績・人的物的施設その他の諸状況により、社会通念に照らして客観的に決すべきものと考えられる。

そこで、原告の本件各係争年における商品先物取引の実態についてみると、原告が昭和二六年ころ商品取引の仲買人である岡地貞一商店に就職し、同店の豊橋出張所責任者として二、三年勤務し、その後同商店が岡地株式会社となると同時に原告も同会社の豊橋出張所長となり、昭和三九年一月同会社を退職するまでの間右出張所長の地位にあつて商品取引の受託者としての業務に従事していたが、右退職後の昭和四〇年一月以降は仕事の大半を生糸等の商品先物取引に充て、その収入によつて生計を賄い、かつ資産の増加をはかつてきたものであり、日常は、ほとんど自宅において業界紙や日刊新聞などを通して当日の相場を見込み相場の開場中は終始仲買店と電話で連絡をとりながら取引の注文、資料の収集、相場の罫線の作成等に当つていたものであること、原告が本件各係争年において清算益金を得る目的で、実名のほか大山大介、水谷菊之助、豊浜中等の架空名義を用いて、岡地株式会社豊橋出張所、土井商事株式会社浜松出張所、大阪衣料株式会社浜松支店および丸村商事株式会社浜松出張所に委託して横浜生糸、神戸生糸、大阪三品等の先物取引を行ない、昭和四一年中においては年間に三百数回にわたり千数枚の「売り」注文をし、また五百数十回にわたり千数百枚の「買い」注文をし、総取引金額は「売り」五億数千万円、「買い」七億数千万円、手仕舞いした枚数は一、〇六三枚に達し、二八、六三四、五〇〇円の清算差益金収入を得、昭和四二年中においては、年間に二百数十回にわたり九百数十枚の「売り」注文をし、また三百数十回にわたり六百数十枚の「買い」注文をし、総取引金額は「売り」および「買い」ともに八億数千万円手仕舞いした枚数は九八四枚に達し、四四、七六九、二〇〇円の清算差益金収入を得ていたものであることの各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は、右岡地貞一商店に就職する直前ころから商品先物取引を顧客として行ない、昭和三七、八年ころ一時これを中断したほかは、現在までほぼ継続して商品先物取引を行なつてきており、本件各係争年当時において既に約一五年の相場経験を有していたことが認められる。

そして、以上の事実を総合すれば、本件各係争年における原告の商品先物取引は、自己の危険と計算において独立的に継続して営まれた生糸等の商品先物取引であり、かつ大量に反覆継続した営利行為と認められ、社会通念上「対価を得て継続的に行なう事業」というに妨げないものというべきである。

この点につき原告は、何らの特権を有せず、自己の欲するままに相場を形成しうる実力を有しない一般顧客のなす商品先物取引は、競馬競輪等ギヤンブルの場合と同様であり、客観的にみて営利性・有償性がない旨主張するけれども、本来商品の流通過程において業態を同じくする卸商間の仲間取引として始まり、本質的にはあくまで商品の売買であり、その取引を通じて商品の適正価格の形成という機能が営まれている商品先物取引と、本来主催者の営業収入を目的として大衆の射倖心に訴え、一か八かの勝負を争わしめるギヤンブルとを同一視することは妥当でないのみならず、前者においては、個々の顧客が清算差益を得るか損失を受けるかの確率は基本的には五分五分であつて、ただ清算差益を得た場合にはこれから若干の取引税および委託手数料が差引かれるにとどまるのに対し、後者においては個々の賭客が払戻金を得るか投票券代金相当の損失を受けるかの確率はもとより五分五分ではなく、一般的には投票券代金の約七割程度の払戻し金しか得られない仕組になつていることは公知の事実であり、ある程度長期にわたりこれを継続して行なえば損となることは確実であるから、この点においても両者を同一視することは相当でない。また商品先物取引が、他の堅実な営業と比較し、営利性に不確実な点があることは否定できないけれども、個別的にみて各個の取引において利益の発生が不確実で偶発的であるからといつて、直ちに本件のように、原告自身が相場変動に関する罫線を作成し、その他の相場資料を収集し、自己の相場経験を生かして予測を立てたうえ、反覆継続して大量に行なつた取引についてまで、その営利性・有償性を否定することはできず、原告の主張は採用することができない。

3  以上のとおりであるから、本件各係争年における原告の商品先物取引より生じた各清算差益収入(昭和四一年分二八、六三四、五〇〇円、昭和四二年分四四、七六九、二〇〇円であることは当事者間に争いがない。)から各所定の経費等を控除した各清算所得(昭和四一年分二七、一六一、五八〇円、昭和四二年分四三、五二二、二四〇円であることは当事者間に争いがない。)は、法二七条一項所定の「事業所得」に該当するものというべきである。

三  次に、原告の行為が国税通則法六八条二項に該当するか否かにつき判断する。

原告が岡地株式会社豊橋出張所等に対し商品先物取引の委託をする際に、原告の実名と大山大介、水谷菊之助、豊浜中等の架空名義とを併用するなどして多額の清算益金等を得ていたこと、原告が右清算益金の大部分を静岡銀行舞阪支店住友銀行豊橋支店、三菱信託銀行浜松支店、日本勧業角丸証券浜松支店等において豊浜中ほか多数の架空名義による預金あるいは証券等にかえ、その証券等を自宅の庭に埋めたりしたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>を総合すると、原告は、従前から一般顧客の差金決済による利益を目的とする商品先物取引による利益に対しては所得税を課すべきでない、という考えを持つていたが、税務実務においては本件各係争年より前に課税された実例のあることを知つていたのみならず、原告と同様に岡地株式会社豊橋出張所に委託して商品先物取引を行なつていたホテル経営者糟谷仙一が昭和四〇年中に七〇二万円余りの清算差益を上げていたのを所轄税務署に発見され、昭和四一年一二月二三日やむなく修正申告をして右差益に対する所得税を納付したことをそのころ同出張所長であつた兵藤勇より聞かされていたこと、昭和四一、二年ごろ、委託先の土井商事株式会社浜松出張所に対し、原告の取引内容を税務署員に認知されないように配慮されたい旨の申入れをしたり、同出張所において、税務署員の調査を受けたときは、原告の実名と豊浜中なる架空名義とをもつて同会社に委託した商品先物取引のうち後者については、あくまで原告の取引ではないと言い張る旨口外したりしていたこと、実際には商品先物取引による清算差益の一部を日常の生活費に充てていたのに、昭和四二年一月以降同会社から毎月五〇、〇〇〇円の講演料を受取り、これを日常の生活費に充てているように装うため、内容虚偽の領収証を作成して同会社に交付していたこと、昭和四〇年ないし四一年ころ、日本勧業角丸証券浜松支店の営業係であつた江間得二から、架空名義の使用を廃して実名のみで取引願いたい旨の申入れを受けたのに対し、実名のみで取引をすれば税務署に発見される虞れがある、そうなつた場合会社はどのように責任をとるのか、と反問して右の申入れを拒否したこと、原告の商品先物取引による清算差益に対する課税の可能性が強まつてきた昭和四四年二月ころ、従来銀行の貸金庫に保管していた預金証書等を缶に収めてひそかに自宅の庭に埋めたことの各事実が認められ、以上を総合すると、原告は、商品先物取引による清算差益には所得税を課すべきでないとの意見を持つていたとはいえ、それが原告なりの希望的な見解にすぎず税務実務上は右清算差益も税務署に発見されれば課税を免れないとの認識を持つていたものというべきである。

してみれば、本件各係争年において、原告が岡地株式会社豊橋出張所等に対して商品先物取引を委託するに際し、原告の実名のほか多数の架空名義を使用した目的は、原告が収税官吏および検察官に対し供述しているように、相場取引の作戦上原告が「売り」、「買い」いずれの側に立つているかを他の顧客に容易に知られないようにすると同時に、真実の委託者をまぎらわしくして税務調査を困難ならしめようとしたことにあると認められ、また、商品先物取引による清算益金の大部分を架空名義による預金あるいは証券等にかえ、その証券等を自宅の庭に埋めたりした目的は、原告が収税官吏および検察官に対し供述しているように、相場で大損失を受けた場合に備えて再起するための資産を保全しておくと同時に税務調査に備え所得を隠匿しようとしたことにあると認められる。

<証拠略>中右認定に反する部分は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、原告が本件各係争年分の所得税の法定申告期限までに確定申告をせず、法定申告期限後に納税申告書を提出したことは、当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、原告は本件各係争年分の所得税の課税標準等または税額等の計算の基礎となるべき本件各係争年における商品先物取引による清算差益の大部分を隠ぺいし、その隠ぺいしたところにもとづき法定申告期限までに納税申告書を提出せず、また法定申告期限後にこれを提出したものというべきである。

従つて、国税通則法六八条二項にもとづき、別表(一)および(二)記載のとおり適法に計算された金額の範囲内でなされた本件各重加算税賦課決定は、いずれも適法というべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 人見泰碩 渡辺壮)

別表<略>

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